小学6年生のお子様がいらっしゃる親御様へ。~解いた子のとらえ方が分かります~

昨日から、ハマりっぱなしです。^^;

図形アプリ「面積は?」の話です。

 

今日は小学6年生のT君に、試してもらいました。

 

試してもらったのは、英語のアプリと日本地図のアプリ、ことわざアプリ、そして「面積は?」のアプリです。

 

言葉ではなかなか説明できないので

口惜しい限りなのですが、

どれも優れものであることは確かです。

 

特に「面積は?」で特筆すべき事がありました。

それは、T君の図形に対するとらえ方が、

紙ベースで解いてもらうときよりも、

遥かに明確に分かったことです。

 

このアプリケーションは画面上に

手や電子ペンで書き入れることが出来るので、

解いた人の足跡が残ります。

 

左の写真はT君が考えた足跡を再現したものです。

この問題に関しては上手く解いていますね。

ただ、もっと複雑なタイプになると、たちまちにして、

苦手な人特有のとらえ方を見事に書き入れてくれたのですが、

これはT君に限らず、どの生徒にも共通することのようですね。

 

その最大の特徴は、物事を捉える方向性が、あまりにもまじめすぎることです。

 

例えば、「12+27+88+73」という計算問題があるとします。

 

苦手意識のない、むしろ「算数は得意」とか「算数が好き」という人なら、

「12+88+27+73=100+100=200」と即座に答えることでしょう。

 

ところが、苦手意識の強いは、左から(前から)順に、本当にまじめに、

① 12+27は39で、

② 39+88は・・・筆算をして127

③ 最後に、127+73も筆算して、ようやく「200」という答にたどり着きます。

 

この差は何か?

機転が利くか否かです。

 

「得意」とか「好き」という意識のある人は、それだけ関心度も高いので、

解く前に無意識的に観察する能力が高くなるために、

出来るだけ速く軽やかにすませようとします。

 

ところが、苦手意識のある人は、まず「ええ~? こんなんするの~?」という

いわゆる「ナンで~?」とか「めんどうくさいなぁ~」という拒否意識がはたらくので、

観察しようという意識もはたらきません。

 

実はこれとおなじことが、図形でも起こります。

「・・・だから、T君は図形が嫌いになったんやな~」と合点のゆく箇所が何個も出てきました。

 

ただ、それを横からアドバイスをするのは簡単ですが、

それでは、「考えるとは何たるか」をいつまでたっても気づけないでしょうし、

そのアドバイスがどういう考え方を土台にしているのかを分かっていないので、

その場任せで、いわゆる付け焼き刃では解けても、

少し時間を経ると忘れてしまうでしょうから、

 

結局は、同じような問題を前にすると、同じような質問をし、

場当たり的に同じようなアドバイスを聞き、

そのときは分かったつもりでいても、またすぐに忘れる・・・

という、いわゆる堂々巡りを繰り返すだけで、そこから発展することはなくなりますから、

確実に「勉強の出来ない子」へ向かって進んでゆくようなものです。

 

T君はうんうんと唸りながら、時折ちらっとこちらを見てはSOSを発信しようとしていましたが、

私は知らぬ存ぜぬ見てみない振りを決め込んでいました。

 

そして、答を出せた時点で、その答の正誤にかかわらず、

正解した場合は、どの地点での判断が正解を呼び寄せたのか、

間違えた場合は、どこで道を誤ったのか、

ほかにどのような発想があるのかを、ただ一方的に教えるのではなくて、

「ここはどうなると思う?」とか、

「そこは、この方法ではいけないのかな?」というように

対話形式で授業を進めてゆくと、その対話の中で、どんどんと覚えていくようになります。

 

「へぇ~、こんな解き方もあるんや・・・」と言いながら、じっと観ているT君。

「このアプリ、おもしろいわ。今度もやろ~っと」と言ってくれました。

 

今はまだ小学6年生なので、このくらいのスタンスで進めています。

しかしながら、この図形アプリ「面積は?」ですが、

実はレベルは中学3年生の概念も含められていることが、

使えば使うほど分かってきました。

 

つまり、私は、算数をしている振りをして、

T君には数学的な思考を無意識のうちにできるように向けているのです。

 

彼は公立の小学校から、やはり地域の公立中学校に進みますが、

時間的にもっとも緩やかに流れる6年生のこの時期だからこそ、

スーパー計算と同時に、中学生がもっとも頭を悩ませる図形の概念を、

教えるのでもなく、覚えさせるのでもなく、

とにかく肌で感じてもらうことに主眼を置いて進めています。

 

算数や数学だけでなくて、国語も英語も社会も理科も、

このような体験がいざというときにモノを言います。

 

そのときになって「あの頃、だから、あんなことを勉強していたのか」と、

どんどんと結びつけてゆけるように、今のうちにせっせと種まきをしています。

 

下の写真は、同じ問題に対する考え方の例です。

まんなかが、私の考え方です(ちょっとひねくれているかも・・・? ^^; )。

本当に苦手な人は、右のような解き方でも構いません。